『書店主フィクリーのものがたり』2016-05-19 10:04

『書店主フィクリーのものがたり』

ガブリエル・ゼヴィン著,小尾美佐訳,早川書房,2015年

島で唯一の小さな書店の店主フィクリー。妻を亡くして一人で書店を守っているが……,というおもしろそうな小説だけれど,訳が突っ込みどころ満載。

出版社の営業を追い返し,ワインをしこたま飲んで寝込んだら,お宝の古書(エドガー・アラン・ポーの稀覯本)がなくなっていた,というところで中断。まだまだ序盤。

続けて読むべきかどうか迷いますね。

☆☆☆

『谷根千ちいさなお店散歩』2014-05-16 02:41

『谷根千ちいさなお店散歩』

『谷根千ちいさなお店散歩』
南陀楼綾繁,WAVE出版,2014年


往来堂書店の店先に山積みされていたのを購入しました。

載っているのはタイトルにもあるとおりの小さなお店たちで,どこもちょっとおしゃれなものを扱い,散歩の途中にふらりと寄ることのできる店ばかりです。もう知っている店もあるけれど圧倒的に知らないところが多く,こんどはあっちの路地へも入ってみようかと,楽しみが増えました。

谷根千という土地柄の良さは,身の丈にあった商売をしていることではないでしょうか。古い建物を建て替えるのではなく,古いままにセンスよく改装して使い回しています。どことなくおっとりしていて,散歩をしてものんびりした気分になります。

☆☆☆

一箱古本市2014に出店しました2014-05-04 09:46

暑いくらいの陽気だった昨日,谷根千の一箱古本市に出店しました。

一箱古本市2014

処分する本を本棚から出していたときにちょうど一箱古本市の案内があったので,処分するよりは読んでくれる人に渡ったほうがいいと,出店の申込みをしたのでした。

「本の本」のページに画像を載せるために揃えた本が中心なので,ちょっと古めの本たちです。50冊ほど持ち込み1冊100円で販売しました。売れ筋はしっかり売れて,これはねぇという本は残りました(当たり前か ^_^)。1日楽しんで,出店料とビール代が出たので,良しとしましょう。

まあ処分本だけではなんなので,ちょっと惜しいかもというのも混ぜておいたのですが,そのうちの『月の輪書林古書目録』で賞をいただきました。

一箱古本市2014

招き猫と,東京古書組合中央線支部の「古書手帳」がその賞品です。

☆☆☆

東大のガイドブック2014-04-14 16:07


『山口晃が描く東京風景』
          『山口晃が描く東京風景——本郷東大界隈』
           山口晃,東京大学出版会,2006年


講演会以来,山口晃の作品を読んでいますが,これは東大とその周辺を描いたものをポストカードにしています。

山口晃ですからどれも素直な風景ではなくて,「S坂」(カバーの絵)には二八蕎麦と思われる屋台があったり,ビルの上に日本家屋風の屋根が乗っていたり,東京大学出版会の入口には本人と思われる人影があったり……,どれもニヤリとしてしまいます。

ポストカードの切手を貼る位置は,おなじみのポチを従えたご本人が「ぺ」と(たぶん切手を)貼っている絵になっています。

そんな遊びが,ほかの作品よりは少なめなのが残念なところです。

東大構内ではありませんが,不忍通りをちょっと入ったところにあるレッテルの「両山堂」もあります。以前,偶然見つけて写真を撮ったりしましたが,やはりここは目を引くのですね。

ポストカードの前にいくつかの作品が載っていますが,公共広告機構マナー広告「江戸しぐさ」のための原画もあって,あああれは山口晃だったか,といまさらながら気付きました。


***

『東京大学 本郷キャンパス案内』
         『東京大学 本郷キャンパス案内』
          木下直之・岸田省吾・大場秀章著,東京大学出版会,2005年


東大つながりで,ちょっと古めのこの本も読んでみました。東大の本郷キャンパスのガイドブックです。

「キャンパス案内とはいえ,本書を手にした読者が接近できるのは建物の一歩手前まで,その内部に立ち入ることはできない」(あとがき)とはいえ,キャンパスの詳細な地図とともに,建物,植栽についての歴史的な説明があります。

安田講堂や三四郎池など,学生として通ったことがなくても知っているところは多いですし,散歩で立ち寄ったこともあるので,記憶を辿りつつ読みました。

一般向けのこんなガイドブックが成立すること自体,東大の認知度の高さでしょう。

『山口晃が描く東京風景』とこの本に載っている地図は,同じものです。細部はそれぞれの本に合わせていますが,東大総務部広報課がつくったものです。これがあれば,迷わず歩けそうです。

☆☆☆

「木を植えた男」2014-03-25 23:26


「フレデリック・バック作品集」

YouTubeで「木を植えた男」を見ていたら,「フレデリック・バック作品集」を持っているという人が貸してくれました。

「木を植えた男」
「大いなる河の流れ」
「クラック!」
「イリュージョン」
「タラタタ」
「トゥ・リエン」

の6作品が収録されていますが,やはり「木を植えた男」のインパクトが大でしょうか。

中に入っている作品紹介によると,「木を植えた男」は原作者ジャン・ジオノの創作とのこと。荒れ地に木を植え続けた羊飼い,エルゼアール・ブッフィエは実在しないのです。できすぎた話とは思いましたが。

このごろ,こういった木のある風景への憧憬は,そういう環境に育った者でないとわからないのかもしれない,と,感じています。東京都は街路樹の剪定をかなり頻繁にやっています。ほとんど幹だけになってしまった木々を見るのは胸が痛みますし,幹だけになってしまったら街路樹の意味がないのではないかとも思います。しかし,きっと,落ち葉やら虫やらの苦情が殺到している結果なのでしょう。

「木を植えた男」の結末にある,木々が茂ったことで水が湧き,花が咲き,そこに人々が集い,それもおだやかな表情の人々で,そして集落が広がる――というのは幻想にすぎないのかもしれません。

青々と茂った木々なんて,子どものころから身近になければその良さはわかりません。落ち葉は掃除がめんどうだし,虫は気持ち悪い。木なんてないほうがいい,と大方は思っているのではないでしょうか。

だからこそ,この「木を植えた男」は賞賛されるのかもしれませんし,滅びゆく環境,滅びゆく地球へのオマージュなのかもしれません。

『木を植えた男』

ちょっと前に谷中を散歩していたら,古書店に『木を植えた男』が展示されていました。「追悼」とあります。フレデリック・バックの亡くなった月でした。

☆☆☆

『すゞしろ日記』2014-03-09 21:48

山口晃『すゞしろ日記』弐
山口晃『すゞしろ日記』弐,羽鳥書店,2013年


「すゞしろ日記」は『UP』(東京大学出版会のPR誌)で読んでいますが,このごろはこれを読むために『UP』をとっているようなものです。

ですから一度は読んだものがほとんどですが(単行本には他の媒体のものも入っている),まとめて読むと年月を経て少しずつ変化していく様子がみえて,それもまたおもしろいところです。

連載が始まったころは7コマ×4行だったものが,いまは6コマ×4行です。コマの区切りも,紙を重ねたような形だったものが,定規で引いたようなまっすぐな線に変わりました。手書きのネーム(文字)がどっさりはいった漫画なので,コマ数が減って少し読みやすくなった……のかも,です。

単行本の『すゞしろ日記』はB5版で,A5版の『UP』よりひと回り大きくなっていて,そのぶんゆったりはしているのですが。

いちばんの変化は,おつれあいの登場っぷりでしょうか。

夫婦漫才のようなやりとりがよく出てきますが,そのご本人がごくたまに代筆することがあってそれらは脚色だとか。「すゞしろ日記」の山口画伯の妻というキャラクターであって,ご本人とは別なのでしょうね。クリエイターと暮らすのはたいへんなことのはず。多少はずぶとくならないと(そう見せないと)やっていけないでしょう。

最後のコマにオチをつけるためにだけ出てくることもあります。それがまた「オチ担当か」と笑えるのです。


1月に,往来堂書店の主催で講演会があったのですが,ちゃっかりサインももらってきました。「○○さんへ」というのは省略して,画伯のお名前だけにしてもらいましたが。

旧字体がよく使われているし,セリフ回しや生活感が古風なのでなんだか年配の男性と思い込んでいたのですが,お歳(1969年生まれ)よりはずっとお若い印象でした。


「すゞしろ日記」にあるおつれあいの言葉

 「物静かで大人な人かと思ったけど
  うるさくてガキ」

というのはけっこう図星なのかもしれません。


☆☆☆

ボルヘス『伝奇集』2014-01-16 21:06

ボルヘス『伝奇集』
J.L.ボルヘス『伝奇集』鼓直訳,岩波文庫,1993年

「バベルの図書館」を読みたくて借りた本ですが,ちっとも進みません。進まないだけではなく,ちっともわからない。翻訳書ですから日本語になっていて,言葉に問題があるわけではありません。書いてあることがわからないのです。

本に限らず文章を読むときには,頭の中になんらかのイメージをつくりあげています。ですから,右にあるものを説明していると思っていたのが左だと出てきたりすると大混乱で,最初に戻って頭の中のイメージをつくり直すハメになったりします(とはいえ,いちどできてしまったものは,なかなか修正できませんけどね)。

この本はそのイメージがつくりづらいのです。部分的にはなんとかなりますが,どうやってもついていけなくなります。

「『ドン・キホーテ』の著者,ピエール・メナール」(p.53)になると,タイトルそのものが「?」です。『ドン・キホーテ』は子どものころに読んだだけですけれど,作者はセルバンテスじゃなかった?――ググってようやくわかりましたが,これはメナールという架空の著者が書いた小説の書評(?)なのです。ご丁寧に,注までついています。

つまりはみ〜んなそのつもりで読めばいいのか。
ボルヘスのホラ話だと。

それにしても,最初はまともそうに始まった話がどんどん広がって,神だの世界だののレベルになって,煙に巻かれてしまいます。いつになったら「バベルの図書館」にたどりつくのでしょう。

☆☆☆

ムーミンシリーズ2013-10-24 11:03

講談社文庫版ムーミンシリーズ
若い人たちと飲んでいてムーミンの話になったのですが,テレビアニメはちらりと見たことがあるだけなので,ムーミンとパパとママとスナフキンくらいは知っていても,それ以外の登場人物(動物?)はそういえばそんなのがいたかも……程度です。気になったので一気読みしました。

意外だったのは,スナフキンがおじさんではなかったことです。パイプはくわえているし,ふらりと旅に出るし,孤独を好み達観したようなセリフを吐くので,てっきりおじさんかと思い込んでいたのですが,ムーミントロール(これが正式な呼び方らしい)の友達だったのです(もちろん,おじさんが友達でも一向に構わないのですが,どうもおじさんではなさそうです)。


翻訳は何種かありますが,講談社文庫版を原書の発表順に読みました。

1『小さなトロールと大きな洪水』ヤンソン,冨原眞弓訳,講談社文庫,2011年(原書1945年)

2『ムーミン谷の彗星』ヤンソン,下村隆一訳,講談社文庫,2011年(原書1946年,1956年改訂,1968年三訂)

3『たのしいムーミン一家』ヤンソン,山室静訳,講談社文庫,2011年(原書1948年)

4『ムーミンパパの思い出』ヤンソン,講談社文庫,小野寺百合子訳,2011年(原書1950年)

5『ムーミン谷の夏祭り』ヤンソン,下村隆一訳,講談社文庫,2011年(原書1954年)


6『ムーミン谷の冬』ヤンソン,山室静訳,講談社文庫,2011年(原書1957年)

7『ムーミン谷の仲間たち』ヤンソン,山室静訳,講談社文庫,2011年(原書1963年)


8『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン,小野寺百合子訳,講談社文庫,2011年(原書1965年)

9『ムーミン谷の十一月』ヤンソン,鈴木徹郎訳,2011年(原書1970年)


コミックもあるようですね。
日本版のアニメは,作者のトーベ・ヤンソンから「これは,私のムーミンではありません」とクレームがついたとか。小説も北国の過酷な風土を思わせるところがありますが,日本ふうのお子ちゃま向けのお気楽アニメは,さぞ違和感があったことでしょう。


ときどきハッとするセリフが出てきます。

「なぜ,ぼくはぼくであって,ぜんぜんべつのだれでもないの」(子どものムーミンパパが,ムーミンみなしごホームを経営しているヘムレンさんに向かって。『ムーミンパパの思い出』)

「いずれどっかへいくだろうさ……。それともどこへもいかないのかもしれないぜ……。どっちでもいいさ。このままで,とてもたのしいじゃないか」(ヨクサル(スナフキンのパパ)が,「これからいったい,どこへいくんだろう」と尋ねるムーミンパパに向かって。『ムーミンパパの思い出』)

哲学的と言われる所以でしょうね。


9冊のうち,訳者は5人。

全体にあまりいい訳ではなくて,朝食に「おかゆ」を食べたり(オートミールかそれに類したものではないかと想像します。いくらなんでも「おかゆ」はないと思うのですが),「あずま屋」とあったり(「東屋」の表記もあるので間違いではありませんが,どうせなら「あずまや」と全部ひらいたほうがすっきりします『ムーミン谷の仲間たち』),「ぼく」と言っているホムサがつぎには「〜のよ」と女の子ことばになったり(『ムーミン谷の仲間たち』),スナフキンが「こいつはまったくかわいいやつだわい」とおじいさんのような言い方をしたり(『ムーミン谷の仲間たち』),ムーミンママが妙に山の手ふうだったかと思うとはすっぱな物言いになったり。気楽に読み飛ばしていたはずなのに,ついつい付箋を立ててしまいました。

おまけに,

「なお,文中の魚や木の名まえで,日本にないものや学名のむずかしすぎるものは,わたしたちにしたしみやすい名まえにかえましたから,おことわりしておきます」(『ムーミンパパ海へいく』文庫版への「解説」)

とよけいなお世話までしています。

読んでいて,大海の孤島にしては植生や捕れる魚がへんな気がしたのはそのせいですね。どうせならなにをどうしたの一覧をつけてほしかった。もっともスナフキンも本来はスウェーデン語Snusmumrikenでスヌスムムリクだそうですから,意訳になっているのはやむを得ない部分があるのかもしれません(英語版はSnufkinで日本語版はこちらを採用)。この講談社文庫は全集を文庫化したもののようなので,訳した時期が古いせいもあるでしょう。


最後の『ムーミン谷の十一月』にムーミン一家は出てきません。ムーミン谷の住人たちが勝手にムーミンパパの建てた家に入り込み,喪失感を抱えたままどたばたやって,自分を取り戻して帰っていきます。ムーミン版「ゴドーを待ちながら」です。

最初の2冊『小さなトロールと大きな洪水』と『ムーミン谷の彗星』はあまり評判にならなかったとのことです。3冊目の『たのしいムーミン一家』が実質的な最初とすると,ここで冬眠から目覚めたムーミンたちがひと夏の冒険を終え,ふるさとのムーミン谷に帰って(『ムーミン谷の十一月』)また冬がくるという,季節の移ろいに沿った,全体でひとつの物語になっています。


ムーミンシリーズの全体がわかるかと『ムーミン童話の百科事典』(高橋静男「ムーミンゼミ」・渡部翠,講談社,1996年)も図書館で借りてみましたが,いちばん欲しかった登場人物一覧がないのです。講談社文庫も登場人物一覧はありません。読みはじめは手探りで,あちこちひっくり返してはしゃべっているのが誰なのか確認しましたがちょっと不親切です。ウェブのほうがよほど詳しい情報が載っていました。


そうそう,トーベ・ヤンソンのイラストもいいですね。なかでも,なんども修正したという『ムーミン谷の彗星』がいちばんではないでしょうか。


ムーミン公式サイトというのがありました。
http://www.moomin.co.jp/


☆☆☆

『法令用字用語必携』2013-08-30 16:03

『法令用字用語必携』
法令用字用語研究会監修『法令用字用語必携』第4次改訂版
ぎょうせい,2011年


専門の資料というのは別のことでも役に立ったりということがあります。

この小冊子は,エディタースクールの『校正必携』と同じように常用漢字を音訓の五十音順に並べてありますが,文字が大きいので見やすくなっています。用例欄も広くて,参考の語例のほかに「法令において用いる場合の書き表し方」がゴシック体で載っています。そうだったのか,と膝を打つものもあったりします。

また「法令における漢字使用等について」(平成22年内閣法制局通知),「公用文における漢字使用等について」(平成22年内閣訓令)も読んでおいて損はありません。

参考資料として,「公用文作成の要領(抄)———公用文改善の趣旨徹底について」(昭和27年内閣通知),「現代仮名遣い」(平成22年改正),「専門用語の統一に関する次官会議申合事項」(昭和29年),「異字同訓の漢字の用法」(昭和47年国語審議会漢字部会参考資料+平成22年内閣告示「常用漢字表」)も採録されています。

誤植というより古い表記なのかと思われるものがありますが(キッコとあるのはたぶんキッコーのことです),もともとが「昭和56年……12月に発刊した『改訂 法令用字用語必携』を全面的に改訂したもの」のせいでしょうか。

それにしても,法令関係なので元号表記なのですが,ピンときません。頭の中でいちいち西暦に変換しないと前後関係がわかりづらいです。

☆☆☆

『雑誌記者』2013-08-04 18:51


池島信平『雑誌記者』

どちらも中公文庫の池島信平『雑誌記者」ですが,左は1977年のもの。背が焼けて,カバーの右端も色が変わっています。右は2005年の改版。2005年の改版は,編集部による不適切な表現についての断りがあることと,佐野酳眞一の解説が追加されています。

2005年に限定復刊されたときに書店で捜したものの,見つかりませんでした。そのままになっていたのですが,先日『満州出版史』(岡村啓二,吉川弘文館,2012)に満州文藝春秋社のことや池島信平のことが出てきたのです。そこで検索してみたところ,ありました! Amazonってなんでもあるんですねぇ。

「改版」されたものは組版が違います。

『雑誌記者」1977年

1977年のものは,8ポ,43字×16行,行間6ポ。
36年も前のものですから,周りがすっかり茶色に変色しています。

『雑誌記者』2005年改版

2005年のものは,12.5Q,40字×16行,行送り21H。
こちらを読んでから初版を見ると,字が小さい!

☆☆☆